不器用でも生きていたいんだ

わかっていたことなんだけど、

ワタシは人間としては不器用な存在で

感情を扱うことが難しい。

ワタシのも、周りのも、知らない誰かのも。


ワタシの感情は置いてけぼりになる。

ワタシの感情が迷子になる。

ワタシの感情が消えてなくなってしまう。


その代わりに


周りの感情とシンクロしてしまう。

知らない誰かの感情を受け取ってしまう。

ワタシの感情の代わりに誰かの感情を持ってしまう。


心が疲弊してしまう。

生きるのが不器用なばかりに。


美しく生きたい

素晴らしく生きたい

頑張らずとも、生きたい


そう思うのは、お門違い?


ワタシはそうなれない?


いつも、いつも、いつも、

ワタシは頑張って生きているつもりで。


周りが当たり前にこなせる事はワタシにはできない。


普通に生きれるはずでも、頑張らないとそうは生きられない。


生きるのが不器用なばかりに。


汚くても、素晴らしくなれなくても、劣っていても、

頑張らずとも幸せに生きていたい。


人間らしく

ワタシの感情を持って

ワタシらしい未来を夢見て、描いて

生きていたい。


ただ、そう願うのは間違いでしょうか?


人間らしく生きたい。


そういう人生を歩んでいきたい。


そう思うのは間違いでしょうか?


人間として不器用なのはわかってる。

でも、そう生きていたい。



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